チャエン

株式会社DigiRise 代表取締役

チャエン

1. はじめに:バーチャル試着の新時代

オンラインショッピングの課題として常に挙げられてきたのが「実際に着てみないと分からない」という問題です。特にファッション商品は色、サイズ、フィット感など、画面上の商品画像だけでは判断が難しい要素が多く含まれています。この課題に対し、Googleは2025年5月20日に開催されたGoogle I/Oカンファレンスにおいて、画期的なソリューション「Try It On」機能を発表しました。

これは単なる機能追加ではなく、AIとファッションテクノロジーの融合による革命的なサービスです。従来のバーチャル試着技術を大幅に進化させ、ユーザー自身の写真を利用して様々な衣料品を試着できるようになりました。今回の記事では、この革新的な「Try It On」機能について、その技術的側面から利用方法、そして将来のファッション業界への影響まで、詳細に解説していきます。

Google I/O 2025で発表されたTry It On機能

2. 「Try It On」とは何か?

「Try It On」は、Googleが開発したAIを活用したバーチャル試着機能です。この機能を使用すると、ユーザーは自分の全身写真をアップロードするだけで、オンラインショッピングで見つけた服がどのように自分に似合うかを視覚的に確認できます。

Googleのブログ記事では、この機能について次のように説明しています:
「オンラインでショッピングする際に、新しいスタイルやトレンドが自分にどのように見えるか想像するのは難しいものです—特に自分の快適ゾーンの外に踏み出したい場合は。私たちのバーチャル試着技術は、さまざまな体型の人々が服装をどのように見えるか想像するのを助けることで先導してきました。今、あなたは写真をアップロードするだけで、数十億もの衣料品を仮想的に自分で試着することができます。」

この機能の最も革新的な点は、特定のモデルの写真上に服を表示するのではなく、ユーザー自身の写真上で服を試すことができる点です。これにより、実際に自分が着た姿のイメージをより正確に把握できるようになりました。

Try It On機能のデモンストレーション

3. 技術の仕組み:カスタムAIモデルの秘密

「Try It On」機能の核心は、Googleが独自に開発した最先端のカスタム画像生成AIモデルにあります。このAIモデルは単に服の画像を人物画像に重ねるだけでなく、服の物理的な特性や人体との相互作用を理解し、自然な見た目を再現します。

3.1 独自のファッション専用AIモデル

Googleのブログによれば、「この最先端の技術は、この規模で動作する初の技術であり、ショッパーが私たちのShopping Graphから数十億の衣料品を試着することを可能にします。これは新しいカスタム画像生成モデルによって支えられており、このモデルは人体と衣類の微妙な特徴を理解しています—例えば、異なる素材がどのように異なる体型で折り畳まれ、伸縮し、垂れるかなどを理解しています。」

このAIモデルが特に優れている点は以下の通りです:

  1. 素材の物理特性理解:さまざまな素材(綿、シルク、ウール、合成繊維など)がどのように体に馴染むか、どのように折り畳まれ、シワが寄るかを認識します。
  2. 体型とポーズの分析:ユーザーの体型、ポーズ、そして服のサイズを考慮し、実際に着用したときの見た目を予測します。
  3. 光と影の処理:元の写真の照明条件を分析し、服の上に適切な陰影を描画することで、リアリスティックな仕上がりを実現します。
AI技術による衣料品の物理的特性再現

3.2 Shopping Graphとの連携

「Try It On」機能は、Googleの「Shopping Graph」と呼ばれる巨大なプロダクトデータベースと統合されています。Shopping Graphは機械学習によって強化された世界中の商品情報のリアルタイムデータセットであり、現在は500億以上の商品リスティングを持っています(2025年5月現在)。このGraphには、各商品の詳細情報(サイズ、色、素材、価格、レビューなど)が含まれており、「Try It On」機能はこれらの情報を活用して、より正確なバーチャル試着を実現しています。

4. 従来のバーチャル試着との違い

2023年6月にGoogleは最初のバーチャル試着機能を導入しましたが、2025年のI/Oで発表された新「Try It On」機能は、多くの点で前世代のシステムを上回っています。

4.1 主な進化点

  1. 個人写真の使用:従来のシステムでは、様々なサイズと肌のトーンを持つ複数のモデル(XXSから4XLまで)から選択する必要がありました。新システムでは、ユーザー自身の写真を使用できるため、より個人化された体験が可能になりました。
2023年の従来モデルを使ったバーチャル試着
  1. 対応アイテムの拡大:初期のバーチャル試着は女性用トップスのみに限られていましたが、新「Try It On」は、シャツ、パンツ、スカート、ドレスなど、より幅広いアイテムに対応しています。
  2. 精度と自然さの向上:新しいカスタムAIモデルは、服の物理的な挙動をより正確にシミュレートし、ユーザーの体型に合わせて自然な見た目を実現します。
  3. 処理速度の改善:以前のバージョンよりも高速に結果を生成できるようになり、ほんの数秒でバーチャル試着画像を表示できます。

4.2 技術的進化

The Vergeの記事によれば、新しい「Try It On」機能は「人体と衣類の微妙な点を理解する」AIモデルを使用しており、「異なる素材がどのように折り畳まれ、伸び、異なる体型にどのようにまとわりつくか」を考慮に入れています。これは以前のバージョンよりも高度な物理シミュレーションと画像生成技術を活用していることを示しています。

5. AI Modeとの連携:買い物体験の総合的革新

「Try It On」機能は、GoogleのAI Modeと呼ばれる新しい検索体験の一部として組み込まれています。AI Modeは、Geminiの能力とShopping Graphを組み合わせ、インスピレーションの閲覧から商品の選定まで、ショッピングプロセス全体を支援します。

AI Mode統合ショッピング体験

5.1 AI Modeによるパーソナライズされた商品提案

AI Modeでショッピングする際、ユーザーの嗜好や過去の検索履歴に基づいて、パーソナライズされた商品画像とリスティングがパネルに表示されます。例えば「かわいい旅行バッグ」と入力すれば、ビジュアルインスピレーションとしての画像パネルが表示され、さらに「5月のポートランド旅行のバッグ」と詳細を追加すれば、AIは雨天に適した防水素材のバッグを自動的に提案します。

5.2 価格追跡とエージェント型チェックアウト

AI Modeには、「Try It On」と連携する形で、新しいエージェント型チェックアウト機能も含まれています。これにより、ユーザーは予算に合った価格で簡単に購入できます。

エージェント型チェックアウト

具体的な流れは以下の通りです:

  1. 商品リスティングの「価格を追跡する」ボタンをタップ
  2. サイズ、色などの希望オプションと予算を設定
  3. 価格が下がった際に通知を受け取る
  4. 購入準備ができたら購入の詳細を確認し、「私のために購入する」をタップ
  5. Google Payを使用して、バックグラウンドでGoogleが販売者のサイトで自動的にチェックアウトを完了

この機能は、ユーザーの時間節約と便利さを提供しながらも、最終決定権はユーザーに残され、常にコントロールが可能な設計になっています。

エージェント型チェックアウトのフロー

6. 導入メリットとユーザー体験向上のポイント

「Try It On」機能がもたらす主なメリットには、以下のものがあります:

6.1 購入前の不確実性の解消

オンラインショッピングの最大の障壁の一つは、実際に着てみるまで服がどう見えるか分からないという点です。調査によれば、オンラインショッパーの42%が商品画像のモデルに自身を反映できないと感じており、59%がオンラインで購入したアイテムが期待と異なっていたために不満を感じています。「Try It On」機能はこの問題を直接解決し、購入前により正確な視覚的情報を提供します。

6.2 返品率の低減

不適切なサイズや予想外の見た目による返品はオンラインファッション業界の大きな課題です。バーチャル試着機能は、ユーザーが購入前により正確に商品を評価できるようにすることで、この問題を軽減します。業界データによれば、バーチャル試着技術は返品率を最大64%削減できるとされています。

6.3 購入決定の迅速化

「Try It On」機能は、購入前に服がどのように見えるかをユーザーに示すことで、決断までの時間を短縮します。さらに、友人や家族と画像を共有できるため、第三者の意見を得やすくなり、購入の自信を高めることができます。

6.4 新しいスタイルの探索を促進

自分の快適ゾーンを超えた新しいスタイルや色を試すことは、実店舗でも勇気が必要です。しかし、バーチャル試着ならリスクなしに様々なスタイルを試すことができ、ファッションの幅を広げるきっかけになります。

7. 利用方法:わずか4ステップで始める

「Try It On」機能の使用方法は非常にシンプルで、Googleのブログでは以下の4ステップで説明されています:

  1. 実験へのオプトイン:Search Labsにアクセスして「try on」実験にオプトインします。
  2. スタイルを閲覧:Googleでシャツ、パンツ、ドレスを検索する際、商品リスティングの「try it on」アイコンをタップします。
  3. ポーズをとる:自分の全身写真をアップロードします。最良の結果を得るには、全身が写っていること、適切な照明、体にフィットした服装であることを確認します。数秒以内に、その服があなたにどのように見えるかが表示されます。
  4. 周囲に共有する:試着が完了したら、友人とルックを保存または共有するか、類似のスタイルをタップして指先でショッピングを続けることができます。
Try It On 利用手順

この機能は現在、米国のSearch Labsを通じて提供されていますが、今後、より多くの国々に展開される予定です。

8. 技術的ベンチマークと競合との比較

「Try It On」機能は、他の類似サービスと比較してどのように位置づけられるのでしょうか。

8.1 競合技術との比較

  1. Amazon Virtual Try-On:Amazonも同様のバーチャル試着技術を提供していますが、主に靴やアクセサリーに特化しており、衣料品全体をカバーする範囲はGoogleの方が広いとされています。
  2. Veesual:専門的なファッションAI企業は独自のバーチャル試着技術を持っていますが、GoogleのShopping Graphとの統合により、「Try It On」機能はより多くの商品に対応できます。
  3. Botika:他のAIファッション技術も存在しますが、Googleの「Try It On」は特にその規模と処理速度で優位性を持っています。

8.2 技術的優位性

Googleの「Try It On」機能の主な技術的優位性は以下の通りです:

  1. 規模:Shopping Graphの500億以上の商品リスティングと連携し、数十億の衣料品アイテムでバーチャル試着が可能です。
  2. 画像生成モデルの精度:Googleの独自開発したファッション専用画像生成モデルは、服の物理的挙動をより正確に再現します。
  3. 処理速度:高度な処理にもかかわらず、数秒以内に結果を生成できる高速性を備えています。
  4. AI Mode統合:検索、発見、試着、購入までの一連のプロセスをシームレスに統合しています。

9. プライバシーと個人情報の取り扱い

バーチャル試着機能では、ユーザーの全身写真が必要となるため、プライバシーの懸念が生じる可能性があります。Googleは、「Try It On」機能でのデータ処理について以下のポイントを強調しています:

  1. 透明性のあるオプトイン:この機能は明示的にオプトインした場合のみ使用されます。
  2. 写真の使用制限:アップロードされた写真は、バーチャル試着画像の生成のみに使用され、他の目的には使用されません。
  3. 一時的なデータ保存:写真データは機能の実行に必要な期間のみ保存され、その後は自動的に削除されます。
  4. データの共有制限:ユーザーが明示的に許可しない限り、写真や生成された画像は第三者と共有されません。

利用者はいつでも自分のデータを削除する権利を持ち、データの収集や使用に関する透明性を確保するためのコントロールが提供されています。

10. 今後の展望:ファッションテックの未来

「Try It On」機能の登場は、オンラインショッピングとファッションテック業界に大きな影響を与えると予想されます。今後予想される展開には以下のようなものがあります:

10.1 技術的進化

  1. 動的なバーチャル試着:静止画だけでなく、動画や360度回転ビューでの試着が可能になる可能性があります。
  2. 触感のシミュレーション:将来的には、拡張現実(AR)技術を通じて、服の質感や重さなどの触覚情報も提供できるようになるかもしれません。
  3. AIスタイリストとの統合:ユーザーの体型、好み、過去の購入履歴に基づいて、AIがパーソナライズされたスタイル提案を行うシステムとの統合が考えられます。

10.2 業界への影響

  1. 小売業界の変革:オンラインファッション小売業者は、「Try It On」のようなバーチャル試着技術を採用することで、競争力を維持する必要が出てきます。
  2. 消費者行動の変化:消費者は実店舗で試着する必要性が減少し、オンラインショッピングへのシフトが加速する可能性があります。
  3. サステナビリティの向上:返品率の低下は、輸送と廃棄物の削減につながり、ファッション業界の環境負荷を軽減することが期待されます。

11. まとめ

Google I/O 2025で発表された「Try It On」機能は、単なるバーチャル試着ツールではなく、AIとファッションの融合による革命的なショッピング体験の提供を目指しています。

この機能の主なポイントを振り返ると:

  • ユーザー自身の写真を使用して数十億の衣料品を仮想的に試着できる
  • 独自開発のカスタムAIモデルが服の物理的特性を理解し、自然な見た目を実現
  • Shopping Graphの500億以上の商品リスティングと連携
  • AI Modeとの統合により、検索から購入までのシームレスな体験を提供
  • 返品率の低減やスタイル探索の促進など、顕著なメリットがある
Google I/O 2025のまとめ画像

「Try It On」機能は、オンラインファッションショッピングの主な障壁であった「試着ができない」という問題に対する、技術的に洗練された解決策を提供しています。この技術の進化により、将来的にはオンラインショッピングがさらに直感的で便利なものになることが期待されます。

GoogleのAIと小売技術の継続的な発展に注目しながら、私たちのショッピング体験がどのように変化していくかを見守っていきましょう。

この記事の著者 / 編集者

チャエン

株式会社DigiRise 代表取締役

チャエン

法⼈向けのAI研修、及び企業向けChatGPTを開発する株式会社デジライズをはじめ、他数社の代表取締役。一般社団法人生成AI活用普及協会評議員を務めながら、GMO AI & Web3株式会社など他数社の顧問も兼任。NewsPicksプロピッカーも兼任。Twitterはフォロワー15万⼈。⽇本初AIツール検索サイト「AI Database」やAIとの英会話ができる「AI英会話」など複数のAIサービスも開発。ABEMAやTBSテレビなどメディア出演も多数。

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