チャエン

株式会社DigiRise 代表取締役

チャエン

1. はじめに:マスクとアルトマン、その“蜜月”から亀裂へ

イーロン・マスクとサム・アルトマンは、AIという分野で最も注目される2人といっても過言ではありません。前者はテスラやスペースXで革新的な技術を世に送り出し、後者は世界最大級のスタートアップ支援企業Yコンビネータを率いて数々の起業家を育て上げてきました。

2015年、そんな2人が共同で立ち上げたのが、非営利のAI研究機関「OpenAI」です。彼らは当初、「AI技術を人類全体の財産にする」という高い理想を掲げ、“仲間”として行動を共にしました。しかしながら数年後には、マスクは組織を離脱し、アルトマンは巨大企業との提携を推し進めることで資金を獲得――。方向性の違いが決定的となっていきます。

そして2025年、マスクはなんとOpenAIを**「再び手中に収めよう」**と、巨額の買収提案に打って出ました。この提案をアルトマンは強烈な皮肉を込めて即座に拒否。元“同志”がSNS上で罵り合うという、かつては想像もできなかった光景が世界中の話題をさらいます。

いったいなぜ、ここまで関係がこじれてしまったのか。2人の対立を軸に、OpenAIの歴史とAI業界の深部を探っていきましょう。


2. OpenAI創設時の理想:非営利と“オープン”なAIを目指して

(1) 共同設立者としての2人の役割

OpenAIは2015年12月、「AIの研究成果をオープンに公開し、人類の未来に役立てる」というミッションを掲げて産声を上げました。設立メンバーにはマスクとアルトマンのほか、LinkedIn創業者のリード・ホフマンや、PayPalマフィアの一員として著名なピーター・ティールなど、シリコンバレー屈指の投資家たちが顔を揃えています。

  • イーロン・マスク
    テスラやSpaceXの経営を行う“連続起業家”。AIがもたらす「制御不能なリスク」に強い危機意識を持ち、技術の民主化と安全性を何よりも重視していた。
  • サム・アルトマン
    米国で最も影響力あるスタートアップ支援組織「Yコンビネータ」の元代表。テクノロジーの社会的インパクトに深い関心を持ち、“世界を変えるプロダクト”を生み出す起業家を多数育成。

両者がタッグを組むとあって、当時は「強力なAI人材が一挙に集結するだろう」とメディアも期待を寄せました。実際、ディープラーニングの第一人者であるイリヤ・スツケヴァーや、Stripe元CTOのグレッグ・ブロックマンなど、錚々たる研究者・エンジニアがOpenAIに参加していきます。

(2) “オープンソース”で世界を変える野望

OpenAIの理念は、その名にある通り「Open(オープン)」であることが最大の特徴でした。当時、Google(傘下のDeepMind)やFacebookといったITジャイアントはAI研究をクローズドに進めており、“最先端技術”が一部の企業に集中するリスクが指摘されていたのです。

マスクとアルトマンはそこに危機感を抱き、「AIが公共財として扱われるよう、研究や成果物を広く共有しよう」と呼びかけました。非営利組織という形態で利益配分を廃し、「人類の利益を最優先」に据える姿勢を明確に打ち出した点が、多くの支持を集める要因となります。

しかし、後にこの「非営利路線」の維持は莫大な研究資金の確保という現実的なハードルにぶつかることに……。ここからマスクとアルトマンの歯車も少しずつずれていったのです。


3. 営利化への転換:マスク離脱とアルトマンの選択

(1) 資金不足と営利部門設立

研究者を大勢抱え、日進月歩のAI開発に必要な計算資源を確保するには、膨大な資金が必要です。当初はマスクをはじめ設立メンバーが10億ドル規模の拠出を約束していましたが、2018年にマスク自身がOpenAIを去ったことで資金面が不透明化。そこへさらに研究コストの爆増が重なり、組織運営が厳しくなります。

こうした背景を受け、アルトマンらOpenAI経営陣は2019年に営利部門のOpenAI LPを立ち上げました。表向きは「投資家に一定のリターンを認めることで、大規模な資金調達を可能にする」という発表でしたが、非営利を標榜していた頃からみれば方針転換とも言えます。

アルトマン本人は「OpenAIの親会社(非営利)からの配当はない」と度々強調しており、「自分は個人的な利益を得ていない」としています。けれどもマスクの目には、「営利化によって企業価値を膨らませつつ、創業者は実質的な支配力やリターンを得られるのでは?」と映ったようです。

(2) マイクロソフトとの巨額提携で見えた対立軸

営利部門設立後、OpenAIはマイクロソフトとの大型提携に踏み切ります。2019年には10億ドル、さらに2023年には総額100億ドル規模とも言われる巨額投資を相次いで受け、OpenAI LPの株式の49%をMicrosoftが保有(最終的には75%の利益回収後に比率が調整)する予定だと報じられました。

これにより、OpenAIは膨大なクラウドリソース(Azure)を使った大規模言語モデルの開発に成功し、「GPT-3」「ChatGPT」などで世界を席巻します。しかしマスクは、この飛躍的な成功を尻目に「自分が創設した“OpenAI”が、実質的にはMicrosoftの営利企業になってしまった」と公然と批判。こうして両者の溝は決定的となるのです。


4. 2023〜2024年:マスクの“OpenAI批判”と並行する新会社xAI

(1) マスクが警鐘を鳴らすAIリスク

マスクはかねてより「AIの暴走リスク」に対する警戒心が強く、国際的なAI規制を求める発言を繰り返していました。OpenAIが営利化し、マイクロソフトとの大型提携によって加速度的に事業を拡大する姿勢は、マスクの考える「安全なAI」「公共性」を損なうものに映ったと言えます。

2024年には「OpenAIが創設時の理念を裏切った」としてアルトマン個人やOpenAIを相手取り、法的手段(訴訟)に踏み切る姿も見られました。マスクはインタビューで「すでに拠出した1億ドルが、数十兆円規模の企業になろうとしているのは不公平」だと憤慨。OpenAI側も「マスクは離脱以降、何の貢献もしていない」と真っ向から反論し、和解の余地はますます薄れていきます。

(2) xAIのミッションとマスク独自の哲学

そんなマスクが2023年7月に立ち上げたのが、「xAI」という新会社です。そのミッションは「宇宙の真理を解き明かす」という、どこか壮大なニュアンスを含むもの。元GoogleやOpenAI出身のエンジニアを多数迎え、「AIをただ商用に使うのではなく、人類の根源的な理解を深める方向へ育てたい」との意志を示しています。

注目されるのは、マスクが強調する「AIに倫理コードを直接埋め込むより、世界を正しく理解させる“好奇心”こそが安全性を高める」という独自の見解。OpenAIやGoogleなどが目指す「大規模モデルのフィルタリング」や「利用規約」などの考え方とは一線を画し、あくまで学習する主体としてのAIを重視する姿勢を示しています。

一方で、マイクロソフトとの提携で圧倒的な市場シェアを誇るOpenAIに対抗するには、莫大な資本・人材・計算リソースが必要。どこまでxAIが力を伸ばせるか、2023〜2024年の段階では未知数でした。


5. 2025年:マスクによる“OpenAI買収提案”という衝撃

(1) 974億ドルのオファーの狙い

事態が大きく動いたのは2025年2月。マスク率いる投資家グループが、OpenAIの親会社(非営利)に対し「974億ドル(約15兆円)」という桁外れな金額での買収を提案したというのです。これは過去にマスクが行ったTwitter(現X)の買収額を大幅に上回る規模でした。

  • 対象は営利子会社(OpenAI LP)の株式だけでなく、最終意思決定を握る非営利法人そのもの
  • “公正な”手段でOpenAIを取り戻し、再度オープンかつ非営利重視の組織に回帰させる
  • 出資メンバーにはマスク関連企業やシリコンバレーの著名投資家が名を連ねる

かつての共同創設者が、**「敵対的買収」**とも呼べる形でOpenAIを再び手中にしようとする――。AI業界はもちろん、世界中がこのニュースに驚かされました。「Twitter買収の再現」を思わせる、マスクの大胆な戦略が再び炸裂したのです。

(2) アルトマンの返答とX(旧Twitter)上の“舌戦”

これに対し、サム・アルトマンは即座に拒否の姿勢を表明します。さらに本人はX(旧Twitter)で「お断りします。でもご希望なら、我々がTwitterを97.4億ドルで買収しましょうか?」と痛烈な“皮肉”を投稿。

https://twitter.com/sama/status/1889059531625464090
  • 974億ドルの10分の1の額を提示
  • Twitter(現X)の企業価値が下落したと揶揄しつつ、逆買収を持ちかけるかのような挑発

これを受け、マスクはX上でアルトマンを「Scam Altman」(詐欺師アルトマン)などと呼び捨てる過激なツイートを連発。世界中のメディアやSNSユーザーが一斉に反応し、2人の対立はさらに過熱していきました。


6. 対立が映し出すAI業界の本質:商業化 vs 公益性

(1) AIの「民主化」は本当に進んでいるのか?

OpenAIが創設時に掲げた「人類全体の利益のためのAI」という理念は、マイクロソフトからの巨額資金を得るなかで、営業利益や株価・ビジネスモデルが重視される方向へシフトしていきました。これは決して悪いことではなく、実際に研究・開発スピードの向上につながり、ChatGPTのように世界を驚かせる成果も生まれています。

一方で、マスクが「OpenAIは実質的にマイクロソフトの営利企業だ」と批判するように、AI技術がごく一部の巨大資本に集中し、非公開のまま独走するリスクも高まっているのも事実です。かつて「民主化」を求めたはずのOpenAIと、その創設者でありながら離反したマスクの対立は、AI開発の方向性をどのように定めるべきかを我々に問いかけています。

(2) マスクとアルトマン、両者の正義とリスク

  • サム・アルトマン側の主張
    「莫大な資金を確保しなければ大規模研究は進まない。実際にマイクロソフトとの提携によって巨大モデルが成功を収め、多くのユーザーが恩恵を得ている。これは“人類のため”の成果と言えるはずだ」
  • イーロン・マスク側の主張
    「OpenAIを“非営利・オープン”で共同創設したのに、いつの間にか営利化しているのは裏切りではないか。巨大企業がAIを独占し、倫理的な制限や社会的議論が十分行われないまま突き進む状況を作ってはならない」

両者が掲げる“正義”や“理想”は、一見正反対に見えて、根底にあるのは「AIを人類のために役立てたい」という思い。しかし、その実現プロセスや手段が食い違った結果、ここまでの対立に至ったと言えるでしょう。


7. 結論:AIの行方は“誰の手”に委ねられるのか

イーロン・マスクとサム・アルトマンの衝突は、決して“ただの個人的な確執”では片付けられません。2人がもたらすビジョンには、AIの未来が大きく左右されるからです。

  • マスク
    • AI暴走のリスクを重視し、公共性・倫理性・オープンソースにこだわる
    • xAIを通じ、「世界の本質を理解するAI」を目指すという独自の哲学を追求
    • 規制の必要性を声高に訴え、大手企業の支配に対しては批判的
  • アルトマン
    • 「巨大資金と連携しなければ、AGI(汎用人工知能)の研究は実現しない」との現実路線
    • マイクロソフトら大企業との提携を積極的に進め、製品を市場投入するスピードを最優先
    • 同時に「AIの安全性指針」を策定してガードを固める姿勢も見せているが、研究成果を保護するためのクローズド戦略を取るケースも増加

今後、OpenAIが独走するか、もしくはマスクや他の新興企業・研究機関が対抗勢力となり、AIの勢力図が塗り替えられるのか――。AIは人類の未来を大きく左右するテクノロジーです。そして、その方向性が一部の経営者の判断によって急変する危険も孕んでいます。

2025年の買収騒動は一つの象徴的な事件ですが、これが最終的な決着とは限りません。両者の対立は今後も続き、AI業界を二分する議論を激化させるでしょう。大切なのは、それを我々が「ひとつの外野のエンターテインメント」として見るのではなく、「AIはどうあるべきか」を考える糸口と捉えること。技術が進めば進むほど、社会全体での議論と監視が必要になってくるのです。

この記事の著者 / 編集者

チャエン

株式会社DigiRise 代表取締役

チャエン

法⼈向けのAI研修、及び企業向けChatGPTを開発する株式会社デジライズをはじめ、他数社の代表取締役。一般社団法人生成AI活用普及協会評議員を務めながら、GMO AI & Web3株式会社など他数社の顧問も兼任。NewsPicksプロピッカーも兼任。Twitterはフォロワー15万⼈。⽇本初AIツール検索サイト「AI Database」やAIとの英会話ができる「AI英会話」など複数のAIサービスも開発。ABEMAやTBSテレビなどメディア出演も多数。

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